くすり&健康WATCH

A4用紙1枚程度で示す、くすりや健康について調べた記録

肺がんの薬物療法について調べてみた(2):分子標的薬

肺がん症状の息切れ・呼吸困難イメージ

肺がんの薬物療法には、化学療法、分子標的薬、がん免疫療法があり、前回の「肺がんの薬物療法について調べてみた(1)」では化学療法についてみてきました。今回は、分子標的薬についてみていきます。

肺がん治療に用いられる分子標的薬

肺がん治療に用いられる分子標的薬の種類

分子標的薬とは、がん細胞の増殖、浸潤や転移に関わる分子を標的として攻撃し、がん細胞の増殖や転移を抑制する薬剤です。分子標的薬には、標的細胞内のタンパク質に作用して働きを抑える低分子化合物(経口投与可能)と標的細胞上の目印である抗原に作用する抗体医薬品(点滴静注などで投与)があります。肺がんの治療に用いられる分子標的薬は、主に以下の3種類です。

VEGF阻害薬
VEGF(血管内皮細胞増殖因子)は、胎生期の血管形成や新たな血管の形成を担うなど血管新生に関わる増殖因子。VEGFR(受容体)にVEGFが結合すると、自己リン酸化が起こり、チロシンキナーゼ活性が上昇して新たな血管が作られるが、がんはこの仕組みを利用して血管を作り、がん細胞に栄養と酸素を送り込み、増殖する。VEGR阻害薬は、VEGFのシグナルを遮断してがん組織の血管新生を抑制する。

EGFR阻害薬
EGFR(上皮成長因子受容体)は、細胞の増殖や成長を制御するシグナル伝達を行う受容体型チロシンキナーゼであり、細胞の分化、増殖等を調節する役割を担う。このEGRFに遺伝子変異が生じると、細胞増殖の伝達を行うチロシンキナーゼが常に活性化され、がん細胞の増殖を促す。EGFR阻害薬は、このチロシンキナーゼの活性を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する。

ALK阻害薬
ALK(未分化リンパ腫キナーゼ)も、がん細胞増殖に関わるチロシンキナーゼの一つ。ALK遺伝子が他の遺伝子と融合してできたALK 融合遺伝子により、ALK のキナーゼが異常に活性化し、がん細胞の増殖に関与している。ALK阻害薬は、ALK融合タンパク質のチロシンキナーゼ活性を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する。なお、EGFR遺伝子変異とALK融合遺伝子は相互に排他的な関係にあり、同時に陽性となることは極めて稀である。

受容体チロシンキナーゼと分子標的薬

図:Current Modalities in the Treatment of Lung Cancerの図を改変

(図の説明:EGFR阻害薬を例として) EGFRなどの受容体型チロシンキナーゼは、細胞膜を貫通する形をしています。細胞膜上にある受容体にリガンド(EGFRの場合はEGF)が結合すると細胞質内のチロシン残基がリン酸化して(図には黄色い丸で[P]とえがかれています)受容体が活性化し、細胞の分化・増殖などに関わるシグナルを細胞内に伝達します。チロシン残基のリン酸化はATP結合によってもたらされますが、EGFR阻害薬はATPの代わりに結合してリン酸化を阻害し、がん細胞の増殖を抑制します。

分子標的薬の種類 一般名(ブランド名)
VEGF阻害薬 ベバシズマブ(アバスチン)
EGFR阻害薬 ゲフィチニブ(イレッサ)
エルロチニブ(タルセバ)
アファチニブ(ジオトリフ)
ラムシルマブ(サイラムザ)
オシメルチニブ(タグリッソ)
ALK阻害薬 クリゾチニブ(ザーコリ)
アレクチニブ(アレセンサ)
セリチニブ(ジカディア)

肺がん治療に用いられる分子標的薬の効果

これら分子標的薬を用いて実施した非小細胞肺がん患者を対象としたファーストライン試験(抗がん剤等による全身療法を未だ受けていない患者を対象とした試験)の結果をいくつか紹介します。

・ IV期またはIIIB期の日本人患者にベバシズマブ+エルロチニブ併用またはエルロチニブ単剤を投与した結果、PFS(中間値)は併用群で16.0ヵ月、エルロチニブ群で9.7ヵ月だった。(Seto Tら 2014)
・ EGFR遺伝子変異陽性の日本人患者にゲフィチニブ単剤またはカルボプラチン+パクリタキセル併用を投与した結果、PFS(中間値)は10.8ヵ月および5.4ヵ月、OS(中間値)は27.7ヵ月および26.6ヵ月だった。(Inoue Aら2013
・ EGFR遺伝子変異陽性患者にエルロチニブ単剤またはシスプラチン+ドセタキセル(またはゲムシタビン)併用を投与した結果、PFS(中間値)は9.7ヵ月および5.2ヵ月だった。(Rosell Rら2012
・ ALK遺伝子融合陽性患者にクリゾチニブ単剤またはペメトレキセド+シスプラチン(またはパクリタキセル)併用を投与した結果、PFS(中間値)は10.9ヵ月および7.0ヵ月であり、奏効率は74%および45%だった。(Solomon BJら2014
・ ROS1遺伝子転座陽性患者にクリゾチニブを投与した結果、PFS(中間値)が19.2ヵ月、奏効率は72%だった。(Shaw ATら2014

肺がん治療に用いられる分子標的薬の副作用

化学療法は、がん細胞だけではなく正常細胞も攻撃するため、骨髄抑制や脱毛といった副作用が問題でした。分子標的薬は、がん細胞を特異的に攻撃するため副作用が少ないことが期待されましたが、正常細胞に全く作用しないことはなく、分子標的薬によっては重篤な副作用の発現が報告されています。

分子標的薬で認められる主な副作用としては、下痢、皮疹、爪囲炎、肝機能障害などが報告されていますが、ゲフィチニブの間質性肺炎のように、薬剤によって副作用の頻度や重症度が異なるため注意が必要です。

また、化学療法との併用により、毒性が強くなることが報告されています。例えば、プラチナ併用療法にベバシズマブの追加投与により奏効率の上昇、PFSの延長が示されましたが、一方で重い副作用(出血、好中球減少、治療関連死など)が有意に増加したことが報告されています。

さいごに

以上、A4サイズに治まる程度での肺がんの分子標的薬の勉強まとめでした。
A4サイズと制限を設けていることから、専門用語等について説明が不十分な個所がありますが、ご容赦ください。
いずれ、「がん」や「抗がん剤」に関する一般的なこと(例えば、PFS説明や抗がん剤の投与方法など)について書きたいと思います。

A4版は下のリンクから。PDFファイルが開きます。
肺がんの薬物療法について調べてみた(2):分子標的薬

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    私は、薬剤師の資格を持つ元製薬会社社員。退職後は医学論文の素案作成、そして資格や経歴と無関係の仕事を主にしてます。
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