赤城山の自然・歴史・文化

山を登るだけでなく、山について知ることも山の楽しみ方のひとつだと思います。

 赤城山の自然

地質学

赤城山は、古期成層火山形成期、新期成層火山形成期、中央火口丘形成期の各火山活動により作られました。赤城山は活火山に指定されています(気象庁)。なお、一番最近の噴火は吾妻鏡に書かれた1251年であるとされています。

動植物

<調査中...>

 男体山の歴史・文化

伝説

大昔に男体山の神と赤城山の神が大蛇と大ムカデになっ戦場ヶ原で戦い、男体山の神が勝利しました。赤城山の北にある老神温泉は、このとき敗れた神が追われて落ち延びたことに由来するとされます。「赤城(あかぎ)」という地名は、神が流した血で赤く染まった「赤き」が転じたという説もあります。 なお、赤城山の神は老神温泉で傷を癒した後に男体山の神を追い返したということです。

Wikipedia(2011.10.24を改変)

山岳信仰

律令体制の崩壊に伴い里宮は衰退し、村落部の信仰の中心は中社に移りました。この頃、仏教の神道の融合である神仏習合が起こり、修験者は全国の山深く修行の場を求めて入山しました(注:比叡山延暦寺、高野山金剛峰寺などが建立された時代です)。赤城神社では、神道集に赤城山山頂の神社(赤城大明神)が紹介されています。山宮への信仰が盛んになり、赤城山では山岳仏教の修験者によって、赤城信仰は山頂の山宮に移され発展しました。

その後、次第に仏教の影響により山そのものを神とみなさなくなり、本地仏を当てるようになりました。赤城大明神では三所明神として赤城山火口湖の小沼と大沼、そして地蔵岳が神格化されています。赤城神社は関東一円に広がっています。

参考:赤城神社伝説

 日本人と山に関する管理人の気まぐれなつぶやき

山里を離れて都会に住む私たちの多くは山のありがたさへの関心が低いようみえますが、自然の大切さをテーマにした「風の谷のナウシカ」や「もののけ姫」がヒットしたように、日本人の根底には山を愛する気持ちがあると思います。この気持ちは、私たちの祖先が山を神として称え、信仰していた気持ちに通ずるところがあるのではないかと私は思います。

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